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年末になり、来年度の新入職者、退職者が動く時期になったことを感じます。

医師の世界で昔から長く続いていた就職の仕方は、大学(医学部)卒業後、大学(大学病院)のどこかの科に所属して、そこからの指示でいろいろな関連病院へ派遣される、という形式でした。どこかの科に入ることを「入局」といいます。最近は、医療ドラマでよく使われる言葉ですので、一般の皆さまにもおなじみの言葉となったようです。

医師が転勤するのは所属する科の方針で、関連病院を回る(回される)ことを意味していました。これが40歳近くまで繰り返されることが多いのですが、ある程度以上の年齢になると、自由に病院を選んで就職することを許されるようになります。

この徒弟制度のような制度が大きく揺らいだのが、新臨床研修医制度の導入でした。

このときは、医学部卒業生たちが、医学部卒業後、大学医局に入らずに、自分で研修病院を選ぶ風潮が一気に広まりました。私の前任地の亀田総合病院のような臨床研修で高い評価を得ていたところには、多くの卒業生が集まり、大学医局へ入る若者が大幅に減ったのでした。

それを機に、初期臨床研修を終えた後も大学医局のような組織に所属せずに、自分で就職先を求めて動いていく医師が増えました。テレビドラマで出てくる、米倉涼子演ずる大門未知子もこのパターンでしょう。

私は、卒業後は母校の医局に入り、14年間くらいはその方針で動いていましたが、自分の手術が認められ、自分自身の業績も評価されるようになって、それまでの所属医局以外の大学からお誘いをいただくようになったので、それまで所属していた医局を離れて、東海地方から関東へ出て来ました。当時は、それまでの所属医局と無関係の大学から要職へのお声が掛かることはきわめてまれな例でしたから、外科医の間ではニュースになりました。

そんな私が関東へ出て来てからもう30年が過ぎようとしています。

その間に医師の就職形態は大きく変わったように思います。

以前は、転職するには医師同士の間での紹介が多かったのですが、最近ではいわゆる「業者」の仲介で転職先を求める医師が急増しているように感じます。

私の古い頭では、業者の紹介で転職するのは、なんとなく自尊心を傷つけられる感じがするのですが、今の若い人たちはそんな考えをまったく持っていないように見えます。

医師のみならず、看護師の就職方法も大きく変わったように思えます。数年前に「ナース・パワー」という看護師の転職業者の宣伝を見て、驚きました。

芸能人かと思うような美人たちが出てきて、看護師転職業者の宣伝をしていたのです。いかにも高給を取っていそうな女性ばかりでした。

まあ、とにかく、医師の世界も看護師の世界も、求職の仕方が大きく変わって、私にはとてもついていけない感じがしています。

医療界に限らず、就職活動も婚活もアプリで行う時代だそうですから、この時代に生きていくために私も頭の転換をしようと思います。こういう時代を見るまで生きてこられたことに感謝しましょう。

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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。千葉徳洲会病院名誉院長

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

19年12月23日 788

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