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私が福島県へ異動する決意をした経緯に関しては、先に本欄でご報告いたしましたが、私の3月末日の退職日も近づき、引っ越しの準備をすべき時期になりました。

3月19日は、まず勤務先のオフィス(名誉院長室)を空ける作業を始めました。引っ越し業者に依頼しても良いと新勤務先から許可をいただいたので、ぜいたくに自分ではあまり働くことなく作業が進んでいます。

それにしても、退職が決まって発表したら、多くの方々から3月は年休を使ってほとんどお休みされるのですよね、と言われて驚きました。

私は医師になってから何度も引っ越しをしてきましたが、いずれも前任地で3月末日まで働いて、4月1日には次の職場で仕事をするというパターンを繰り返してきましたので、年休を消化するとう概念がないのです。

今は労働基準法である程度年休も消化しないといけないらしいのですが、私には、年休を使えるだけ使って異動の前に休暇を取りたいという気持ちが湧かないのです。

今の時代の若い人たちからみると、ほんとうに困った時代遅れ爺(じい)、ということになるようですが、今さら生き方、マインドセットを変えるわけにはいきません。

住居である賃貸マンションの引っ越しは24〜25日にする予定です。従って、若いころと比べると、年休を数日使っての引っ越しということになるので、自分も年を取ったな、軟弱になったなと思います。

今回は千葉県船橋市から福島県郡山市への引っ越しですので、前回、4年前の鴨川から船橋への引っ越しよりもかなり距離があります。

30年前に岐阜市から川崎市へ引っ越したときは、自分も若かったためか、あまり遠くへ行くとは認識しなかったのですが、今回は、初めての東北地方への引っ越しのためか、かなり距離感があります。

複数の病を抱えた老人が、どうして便利な船橋から、寒い福島県へ移るのかと不思議に思われた方が多かったようですが、私としては、人生最後のやりがいのある仕事が見つかったので、挑戦しに行ってきます、ということです。そんなことをすると心筋梗塞と脳出血が再発しますよとご心配いただきながらも、さらに前へ進みたくなる私なのです。

今後とも房日新聞の読者の皆さまには、異動後の経過をご報告申し上げますので、私を見守っていただけますよう、お願い申し上げます。

つらいこともいっぱいありましたが、千葉県で充実した24年間を過ごさせていただき、ありがとうございました。

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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。千葉徳洲会病院名誉院長

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

3月23日20時00分 727

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