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巨大医療機関に感服

これまでにご報告申し上げてきましたように、私は4月1日付で、福島県郡山市にある総合南東北病院へ入職いたしますので、3月25日に郡山市へ引っ越しました。

関東の人に異動の話をすると、「福島県」と聞いただけで「どうしてそんなに病気をたくさん抱えた体で、そんな寒いところへ行くの」という反応が多かったのですが、私は総合南東北病院に大きなやりがいを感じ、日本の不幸を一人で抱え込んでいるような福島県でお役に立ちたいと感じておりましたので、人生最後の奉公は福島県でしようと決意してやってまいりました。

総合南東北病院は病院本体のみならず、陽子線治療センターや中性子線研究センター(ホウ素中性子捕捉療法 Boron Neutron Capture Therapy Center)など、各種の研究所的機能も併設されたとても大きな医療機関です。

新住居は病院から「歩いて5分」のところを用意していただきましたが、病院およびその関連施設だけで多くの建物があって、病院のどこの部門に到達するまでの時間をもって通勤時間とするかでかなり違いがあります。房日新聞読者の皆さまも、総合南東北病院のホームページを開いてみられると分かりますが、広大な敷地の中に、たくさんの建物があり、新参者が全体を把握するのはそう簡単ではなさそうです。

ちなみに、私の住居から一番近くで、正面にあってよく見える建物が「陽子線治療センター」ですが、歩いて直線で700歩ありました。

亀田総合病院時代の20年間も、千葉徳洲会病院時代の4年間も、病院に最も近いマンションに住んでいて、自宅へ帰った後でも院内PHSが届く生活をしていたのですが、今回ばかりはそうはいきません。こんな大きなところへ、私が無事に歩いて通勤できるかどうか妻は心配していますので、きのうもきょうも、自分一人で歩いていって、病院の中も、勝手に見学して回ってきましたが、大丈夫です。

建物がバラバラに配置されているので、脳出血後の高次脳機能障害がある私には、かえってオリエンテーションがつきやすいと感じています。

仕事を始めてみないと、まだどうなるか分かりませんが、福島県で少しでもお役に立てるように全力で頑張ります。

今後の経過はまた追ってご報告申し上げます。南房総の皆さま、船橋の皆さまも、一度、総合南東北病院の見学においでください。私も、ご案内ができるようにしっかりと勉強しておきます。

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加納宣康 昭和24年8月4日、岐阜県生まれ。一般財団法人脳神経疾患研究所附属総合南東北病院院長補佐

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

3月30日20時00分 799

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