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末期がんの母絞殺

インターネットで配信された2007年8月9日の読売新聞の記事のひとつが、「末期がんの母絞殺……」というものでしたので、びっくりして内容を確認しました。

結論的には「承諾殺人の42歳女性に猶予判決」とありましたので、少し救われた気持になりましたが、やはりこういう事態になったかと思い、これからこういう事例が増えざるを得ないなと悲しくなりました。

記事の内容は以下のようなものです。

栃木県足利市で今年5月、末期がんの実母を本人の承諾を得て絞殺したとして、承諾殺人罪に問われた同市大沼田町、無職真田初美被告(42)の判決が8月9日、宇都宮地裁栃木支部であった。林正宏裁判官は「どんな状況でも命を奪うことは許されないが、自己を犠牲にして介護をしてきたことは参酌すべきだ」として、懲役3年、執行猶予3年(求刑・懲役5年)を言い渡した。判決などによると、真田被告は5月30日、自宅で母親の京子さん(当時68歳)が胃がんの激痛に苦しむ姿に「殺して楽にしてあげよう。その後自分も死のう」と決意し、京子さんの承諾を得て電気ストーブのコードで首を絞め、窒息死させた。真田被告は今年4月に会社を辞めて介護に専念。京子さんは5月に入って医師から余命1か月と宣告されていた。判決後、林裁判官から「お母さんを十分に供養してください」と諭された真田被告は「ありがとうございました」と涙を浮かべて話した。(2007年8月9日11時22分 読売新聞)

被告は癌の末期である母親を自宅で、独りで介護しておられたようです。いろいろな事情から自宅で看ることにされたのでしょうが、私としては病院でみてもらえば被告も御本人もここまで追い詰められることはなかったのではないかと、残念でなりません。

現在の日本の保険診療の状態なら、激痛を伴う癌の末期患者さんは入院治療が可能であると思います。金銭的な問題も、自宅でいろいろなものを買って苦労しているよりは、高額療養費制度を使って入院していた方が、負担が少なくて済む可能性もあります。それでも困れば役所に相談して生活保護などの手続も進められたのではないかと、無念に思います。

しかし、以上の私の推論は、あくまでも現在の健康保険制度が続いていれば、という前提でのことです。現在、厚生労働省は総医療費削減策のひとつとして、療養型の病床を30万床から15万床に減らそうとしています。これが実行されると末期癌の方で、老人ホームなどへお金が払えない人が行き場を失う可能性が高くなるのではないかと危惧致します。たとえ老人ホームへ入ったとしても疼痛コントロールのための麻薬使用などの治療に制限が出てきます。

日本国民も政府も政治家も、日本の医療費が他の国と較べて異常に低額であり、総医療費の対GDP比が例えば米国の半分近くであるということをよく理解し、低医療費政策をやめないといけないということを悟らなくてはいけません。かつて低医療費政策を実施して医療崩壊を起こした英国が、急いで方針転換したもののいったん崩壊した医療がそう簡単には修復できていない事実をよく見る必要があります。

このままいけば、日本の医療は確実に崩壊し、私も娘に首を絞めてくれるように頼まなくてはならなくなるかもしれないと、切実に思います。 2007/08/21掲載分

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加納宣康 昭和24年8月4日岐阜県生まれ。現在、亀田総合病院特命院長補佐、主任外科部長、内視鏡下手術センター長、マハトマ・ガンジー・メモリアル医科大学名誉客員教授、帝京大学医学部外科学客員教授

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

07年8月20日 47,599
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