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8月25日から31日までは、国際外科学会でモントリオールに滞在しています。

昨夜着いてまだ1日しか経っていませんが、テレビを見ても、街中を歩いても、学会場へ行っても、ここはほんとうにカナダかと思います。というのは、ここはフランス語圏で、看板からテレビ番組までフランス語が中心で英語は一部にしか見られないのです。ホテルで質問してもまずフランス語で返事が来るので戸惑います。電話でホテルのフロントを呼ぶと完全にフランス語での対応がまず来ます。

モントリオールはフランス語圏とは聞いていましたが、カナダの中だから当然英語中心の生活はできるのだろうと思っていたので、少々驚いています。すぐ近くの大都市であるトロントは完全に英語圏なのにモントリオールへ来るとこうも変わるのかと不思議に思います。

しかし、歴史を振り返れば当然と言えば当然ですね。そもそもこの町の始まりは、1642年にフランスのメゾヌーブらによって建設されたヴィル・マリー(マリアの町)であったとのことです。現在の旧市街と言われているところに相当します。その後、フランスの植民地として発展したのですが、1760年にイギリスの植民地として統合されました。しかし、法律によってフランス語や文化は保護され、今でも人口の6、7割はフランス系カナダ人で占められています。都市としてはパリに次いでフランス語人口が多く、その街並みの雰囲気からもパリを思わせるものがあるため「北米のパリ」と呼ばれるのも宜なるかな、という感じです。

今朝は当地の5時に覚醒して、かつ10時までは学会関係の予定もなかったので、近くを散策してみました。地図を見ながら有名な所を見てみようというわけで、まず名前だけは聞いたことがあるような「ノートルダム教会」へ言ってみようと出発しました。まもなく地図の上ではこのあたりだと思ったところにまさに「教会」という感じの建物を発見しました。しかし、玄関あたりの看板などをみても「ノートルダム」と思われる記述が見つからないので、これは別の教会かと思い、さらに歩きつづけました。しかし「ノートルダム教会」らしきものが見つからないので、近くを歩いている地元の人と思われる人に訊いてみました。そうすると私が通りすぎてきた方向を指して、「あそこに建物の先端が見えているだろう」と教えてくれました。やっぱりそうかを思って、また戻って目的地へ到達しました。改めて見なおしてもどうしても「……教会(church)」に相当する言葉が見つからず、説明書もよくわからないフランス語ばかりでした。早朝だったためか数少ない他の観光客らしき人に尋ねてみると、その人達も英語しか分からないようで、「ノートルダムとは書いてないねえ。名前は分からないが教会みたい」というばかりでした。

そのうち時間が経ち、観光ツアーに着いてきていると思われる外国のツアーコンダクターが現れたので質問すると、これが間違いなくあの有名な「ノートルダム教会」だと保証してくれたのでほっとしました。

「北米のパリ」到着後の楽しい経験でした。

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加納宣康 昭和24年8月4日岐阜県生まれ。現在、亀田総合病院特命院長補佐、主任外科部長、内視鏡下手術センター長、マハトマ・ガンジー・メモリアル医科大学名誉客員教授、帝京大学医学部外科学客員教授

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

07年9月3日 44,115
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