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私はこれまでにインドへは何度も来ていますが、これまでは大きな都市ばかりでした。

今回は初めて北東部のMeghalaya(メガラヤ)州の主都・Shillong(シロング)へ来ています。当地で外科学会が開かれ、そこでの講演のためです。

これまでのインドへの訪問とは大きく異なっていることがあります。この北東部インドはバングラデシュ、ブータン、中国、ネパール、ミャンマーなどに接していて、隣国との関係が微妙なところです。この地域に属する7つの州(アッサム、メガラヤなど)はインドではrestricted areaと呼ばれていて、外国人が入るには新たに364米ドルを払わなくてはなりません。カルカッタからアッサム州のガハティ(Guwahati)へ入るときに、まず364米ドルを払うように言われました。最初はどういう意味か分かりませんでした。よく聞いてみると、この地区は外国の領事官などがなくて、外国人にとっては自分を保護してくれる自国の施設がないため、当地の役所に保護を頼まなければならないのです。従って守ってもらうために364米ドルを払え、というわけです。ちなみにrestricted areaを辞書でみると「立入禁止区域」と訳されています。日本の外務省がインド全般は安全としながら、この地域だけに注意を出しているのはこのように事情があるからなのだと理解できました。

しかし、一旦入ってしまえば、インドの他の町と変わらない雰囲気です。ガハティの空港では警察官や兵士の数が他の都市よりもかなり多いと思った程度です。

学会で発表を聞いていても、他の都市と同じように医学が発達しているのがわかります。日本と較べて、ひとつの病院での手術数が遥に多いのもインドの他の地区と同じ現象です。裕福な人はレベルの高い病院へ行けますが、お金のない人は病院を選べないのもインド全体の共通の現象です。この国には日本の健康保険制度に相当するものがありませんから、当然といえば当然です。国際的には日本の制度が稀と言えますから、インドの国状が「国際的」なのです。

私が今回、この地区へ来ることになったのは、以前、亀田メディカルセンターの私のところで勉強していたシャルマ(Abhijit Sarma)医師がアッサム州ガハティの人で、今回は彼等が学会で大きな仕事をしているからです。シャルマ医師がいろいろと設定したわけです。彼等は「インドはお金がないので、国際便を自分で負担してきてほしい」と頼んできます。彼も私の弟子の1人ですから、なんとかしよう、と返事をしました。

それはそれでよいのですが、実際に来て当地の医師の生活をみていると、日本の医師には信じられない良い生活をしています。数人のサーバントを雇い、車も数台持ち、大きな家に住んでいます。そういう実態をみると、彼等が「貧しい」とはとても思えません。

それと較べると、なんだか日本のお医者さんは悲しいですね。サーバントを雇うなんてとてもできません。日本のことをよく知らない多くのインドの人々は、日本の医師も沢山のサーバントを雇っていると思っています。家も大きなところだと思っています。日本へ行ったときにはお宅のゲストルームに泊まらせてほしい、と言われますが、そんなものは全くないですよね。ワーキングプアの代表選手でしょう。

シロングでの学会が終わったらガハティへ帰り、2007年10月31日にアッサム州のGuwahati Medical Collegeで講演をしてから帰国する予定です。同日に出発してカルカッタ経由で行きます。成田着が11月1日夕刻の予定です。

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加納宣康 昭和24年8月4日岐阜県生まれ。現在、亀田総合病院特命院長補佐、主任外科部長、内視鏡下手術センター長、マハトマ・ガンジー・メモリアル医科大学名誉客員教授、帝京大学医学部外科学客員教授

(この原稿は加納医師が、本紙読者のためにボランティアで執筆しています)

07年11月5日 11,260
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