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記録を残す会のメンバー

記録まとめた冊子刊行

元教職員らが先進的な試み後世に

有線ケーブルで学校や公民館を結んでテレビ放送を流す全国初の教育専用放送局として脚光を浴びた館山市教育放送センター(昭和47年9月から54年3月まで稼働)。カラーテレビの普及や市の財政事情などもあり、わずか7年で放送は休止されたが、国内外からの視察も絶えなかった。その先進的な取り組みを、当時携わった教職員らの証言や資料などを基に記録した冊子「館山市教育放送センターの真実」が刊行された。

教育放送センターは、市内の小、中学校などを同軸ケーブルで結んだテレビ放送システムの中核施設。スタジオで教職員らが教育番組を企画・制作し、各学校へ配信。端末にある幼小中学校や公民館の約330台のテレビが同軸ケーブルで結ばれ、総延長は約45`に達した。

学校側との双方向通信も可能など、当時としては極めて先進的で、番組によるもののほか、スタジオ教師の授業もあった。現在のインターネットによる遠隔授業、予備校などのサテライト授業に相当し、1人の教師が市内の全児童生徒(当時は約8000人)を指導することもできた。

施設は昭和46年3月に完成、翌年9月から放送を始めたが、市の財政事情や運営の難しさもあってか、54年3月で放送は休止された。施設自体は現在も北条幼稚園近くの市地域メディアセンターとして残っている。

刊行された「館山市教育放送センターの真実」

放送休止から40年近くがたち多くの人の記憶が風化する中、日本の教育史に残る画期的な試みを市の教育文化遺産、知的財産として語り伝えようという機運が高まり、当時のセンター運営に携わった教職員らを中心に11人のメンバーで3年前、同センターの「記録を残す会」を立ち上げた。会長に元市教育長の安田豊作氏、副会長に同じく元教育長の高橋博夫氏を選任。記録を冊子にまとめることで作業に取り掛かった。

会では▽センターの構想がどのようなきっかけで生まれ、実現に至ったのか▽教育の効果、実績▽当時の関係者の苦労や熱い思い▽放送休止に至る経過――など残された資料や関係者への聞き取りをもとに1年がかりで集約。「館山市教育放送センターの真実」として冊子にまとめられた。

B5判104ページに収録された冊子は、写真や資料も交えながら「概論」「背景」「活躍」「中断」と大別。最終章の第5章では、この教育活動がむなしい夢や理想を求めていたものではなく、「現在のインターネット、ITC教育へと続く道であった」と結論付けている。

さらに、回顧録で運営に携わってきた多くの教職員や関係者、当時の子どもたちの思い出を掲載。編集後記で「この冊子が今後の市教育発展の一助になると共に、末永く語り継がれることを願う」と結んでいる。

冊子は150部を印刷。参考資料として安房4市町の全小中学校42校のほか、県内の関係教育機関などに配布される予定。

とりまとめに関わった、記録を残す会のメンバーは次のとおり。

=敬称略

安田豊作、吉田久雄、高橋博夫、吉見貞男(故人)、植松和雄、福原和夫、安田僚、長谷川崇美、武田金市郎、早川隆吉、小澤弘子、浅野孝一

【写真説明】

@記録を残す会のメンバー

A刊行された「館山市教育放送センターの真実」

4月20日20時00分 7,213
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