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長野で確認された大山寺の般若経を説明する関係者=鴨川

足利尊氏奉納 寺格の高さを裏付け

鴨川市平塚にある古刹(こさつ)、大山寺に足利尊氏が奉納したとされる大般若経が、長野県上田市で確認された。同寺の修復を目指すNPO法人かもがわ大山寺保存会(小川直男理事長)が13日、同市大山青少年研修センターで開いた活動団体の報告会で明らかにした。

地元でつくる大山寺の修復を目指す会が、般若経を保管展示する長野県上田市の常楽寺に足を運び確認した。「大山寺が格の高い寺だった裏付けになる。国の重文指定を目指していきたい」としており、修復に向けた市内の気運アップにつなげたい考えだ。

確認された大般若経は、版本444帖と、写本156帖の600帖からなり、大永七年と書かれた6つの木箱に納められている。版本の箱には「大般若経一部六百巻 為宿願開板畢 観応三年九月十五日 正二位源朝臣尊氏」と墨書きされている。

また、「安房国長狭郡大山寺」という墨書きもあり、同会では「足利尊氏の奉納品で、元は大山寺に奉納されたものであることは間違いない」としている。

「経典が大山寺から遠く離れた常楽寺に流れた経緯については不明で、傷み具合が激しいことから鴨川への里帰り展示などは難しい」と同会。しかし、現在の所有者との交流は継続できるとしている。

このほか報告会では、同市大山地区社会福祉協議会が、良弁僧正が大山寺を開山した際の物語2編の紙芝居を披露。

護摩木を焼いて諸願成就を祈る真言密教の護摩儀礼の中で最高の秘法とされる焼八千枚護摩供修行(しょうはっせんまいごまくしゅぎょう)を、大山寺修復を祈願して行った同寺の金本拓士住職が、3週間にわたる修業について語った。

大山寺は、奈良時代の神亀元年(724)、良弁僧正が開いたと伝えられ、中世以降は天台宗に属し修験寺として栄えたが、明治5年の修験道禁止令により、真言宗に帰属し現在に至っている。

本尊の不動明王を納める不動堂は、江戸時代末期の享和2年(1802)の建築とされ、江戸時代中期の建築様式を残す建物として県の文化財に指定されている。建物には、波の伊八が彫った向拝の竜、狩野派絵師による天井画が描かれている。

築後200年以上を経て老朽化が激しい不動堂などを「鴨川市の貴重な文化遺産として後世に残していこう」と、地元などが活動をスタート。億単位といわれる修復費用などの確保に向け、昨年同NPOが発足した。

【写真説明】長野で確認された大山寺の般若経を説明する関係者=鴨川

5月17日20時00分 3,887
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