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刊行された『定本 古泉千樫全歌集』

加茂信昭氏が 定本を編集

房総が生んだ近代歌人の代表的存在、古泉千樫(1886―1927)の全短歌を掲載した『定本 古泉千樫全歌集』が、現代短歌社から刊行された。千樫の遺志を継ぐ「青垣」編集発行人、加茂信昭氏(館山市)が編集、その足跡を定本に残した。明治35年の初期作品から、絶詠となった2首まで、遺稿の4首も掲載。千樫の人柄と作風が年代を追って確認できる労作。税別7000円。館山市の宮沢書店、鴨川市の鴨川書店で扱っている。 【編集人の加茂信昭氏の寄稿を16日から紙面2面に掲載】

定本とは、語句や内容などの違いのある本を比較検討するなど、十分な校訂がなされて、本文が整っている本。

千樫は明治19年、現在の鴨川市細野に生まれる。嶺岡山系の北側で、当時の房州の典型的な農村集落で幼少期を過ごす。14歳で投稿を始め、明治34年には本名「古泉幾太郎」で歌壇デビューした。千樫の号は「幾(ちかし)」からの命名。

小学校の代用教員を務めていたが、寄宿先の寺の住職の内縁の妻きよと恋仲になり、逃げるように出郷、伊藤左千夫の膝下に。きよとはその後結婚するが、次女の授乳期に歌人の原阿佐緒と不倫し、それを知ったきよは母乳が出なくなり、次女も3か月で亡くなる。

師である伊藤左千夫が急逝し、アララギの発行を主導するが、大正13年に「日光」が創刊されると、北原白秋らと同人となり、波乱の作歌人生を歩む。

千樫は昭和2年8月11日午後10時30分、享年42で没。病床で詠んだ2首が絶詠となった。死後、門人の橋本徳壽、安田稔郎らにより「青垣」が追悼号として発行された。青垣会は、昨年創刊90周年を迎え、千樫生誕130年の節目に。この節目に全歌集出版が企画された。

昭和37年発行の橋本徳壽・安田稔郎編『定本 古泉千樫全歌集』(白玉書房刊)の作品に加え、初期作品(明治35年〜41年)を収めた。後年発見された遺稿4首(大正13年ごろ)も加えた。

橋本徳壽が作成した詳細な年表、五十音順の各句を索引として掲載。コンピューター編集時代らしい豪華本となった。加茂氏が12ページに及ぶ解説を掲載している。加茂氏は「千樫の歌に一人でも多くの人が親しみ、作歌の糧としてくれることを願ってやまない」としている。

【写真説明】刊行された『定本 古泉千樫全歌集』

5月15日20時00分 306
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