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畠山勇子のひな人形とつるしびな(昨年写す)

27日から

鴨川市横渚の観音寺で

明治24年(1965)にニコライ・ロシア皇太子が滋賀県大津市で警備中の巡査に切りつけられた「大津事件」で、日本人として謝罪の自刃を遂げ、後に「憂国の烈女」と呼ばれた畠山勇子のひな人形が、鴨川市横渚の観音寺で27日から3月4日まで公開される。

同寺では「地元でも勇子の名を知る人は少なくなった。1人でも多くの記憶にとどめたい」と話している。

畠山勇子は慶応元年(1865)、長狭郡前原町横渚(現鴨川市前原)出身。実家は農家で、かつては資産家だったが、明治維新のおりに私財を投じてしまい、生活は貧困であったという。

東京で奉公をしている時に、大津事件が起きたことを知った。日本中が騒然となる中、勇子は「一身を捧げてロシアに詫び、両国平和の人柱にならん」と京都に向かい、ロシアや日本政府あての嘆願書を京都府庁に持参し、そこで命を絶った。満25歳だった。

その壮絶な死は「烈女勇子」と当時報じられ、盛大な追悼式も行われたという。京都市の末慶寺に葬られたが、鴨川の観音寺にも分骨され、地元有志が境内に顕彰碑を建立。これを縁に、父親の実家が勇子の初節句を祝ったひな人形を奉納した。

観音寺では勇子の遺徳を偲び、毎年3月3日の節句に合わせてひな人形を蔵出し。観音寺・神藏寺ご詠歌衆が手づくりした「つるし雛」とともに本堂に飾り、一般の拝観を受けている。

問い合わせは観音寺(04―7092―3540)へ。

【写真説明】畠山勇子のひな人形とつるしびな(昨年写す)

10年2月22日 2,561
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