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城跡地形模型を前に御子神さん

南房総 御子神さんが研究・実践

現地見学会や展示も計画

前期里見氏の居城・稲村城の支城とされ、南房総市指定史跡でもある滝田城址。典型的な山城のふもとに住む男性が、10年間以上かけてこの城址を整備した。やぶに覆われ、道さえない山林状態を、草を刈り、竹を退治し、元の地形に復元。詳細な縄張り図をつくり、立体的な模型も製作した。さらに関連の史実も取材し、36ページの冊子もつくった。地元でも単なる山林と思われていた城址は、平成の世になって、誰でも登れる山城として知られるようになった。冊子の完成を記念し、20日に現地見学会が開かれるほか、同日から25日まで、同市富浦町の枇杷倶楽部で「滝田城址展」も計画されている。

同市上滝田の元小学校長、御子神勲さん(73)。自宅裏に位置する滝田城址全体のうち、8割が自己所有地で、馬場と呼ばれる平坦地だけで4反ほどある。地目は山林ゆえに、正確な面積の把握はされていないが、広大な山城の8割は、御子神さんが地権者である。

校長を退職する1年前に「地域のために何かできないか」と思い、地権者として整備することを決意。長い間放置されていたため、ひどいやぶ山になっていた。休日に山に入り、やぶを刈り、竹を切り、雑木を伐採した。道すらなかった城址の地形が徐々に明らかになった。

定年退職後も区長や氏子総代、公民館長、人権擁護委員などの職を依頼されたから、こうした職務の間をみては、山に入って山の掃除を続けた。現在でも馬場で年3回、主郭、二の丸、虎口などの城郭部分は年1回の草刈りを続けている。

平成9年の大型台風で、主郭付近のヒノキが20本近く倒木。この根元から陶器や金属片など45点の遺物が発見される。御子神さんにとっても予想外で、この生活痕跡の発見から、城址整備にますます力がこもるようになる。

展示される出土遺物

足で調べた結果を縄張り図に表現。さらにこの地図を元に、標高3bごとの地形模型を製作した。関連の史実を丹念に調査・取材し、36ページの冊子「戦国時代の山城 滝田城の史実に迫る」にまとめた。500部を製本し、関係者に配布を始めている。

御子神さんの地道な活動によって、やぶ山は誰でも安全に登れる名城≠ノ変身。冊子の完成を記念し、20日に現地見学会が開かれる。午前10時に上滝田公民館に集合し、実際に城址を歩く。講師は千葉城郭研究会事務局の遠山成一さん。実際に自分の足で歩いて確かめる会となる。

御子神さん主催による「戦国時代の山城・滝田城展」も20日から25日まで、枇杷倶楽部ギャラリーで開かれる。御子神さんの労作である縄張り図、城跡地形模型、主郭付近の出土遺物、関連の写真展示、冊子の配布などを予定している。

御子神さんは「一連の研究と実践は、興味と期待の連続だった。できるだけ多くの人に、滝田城址を紹介したい」と語る。ゆっくりめぐっても1時間で歩けるハイキングコースでもある。

冊子などの問い合わせには、御子神さん(0470―36―3958)へ。

【写真説明タテ3段】城跡地形模型を前に御子神さん=上滝田の自宅で

【写真説明ヨコ1段半】展示される出土遺物=同

07年10月13日 1,531
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