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本を手にする對馬さん=房日新聞社

郷土史家の對馬郁夫氏 鋸南

山岳修験道の出羽三山信仰の研究を続け、自らも行人となって現地を踏み、ついには「里大先達」の称号を得た對馬郁夫氏(84)=鋸南町保田在住=が、研究の集大成となる本「房総に息づく出羽三山信仰の諸相」を自費出版した。A4判236ページ、オールカラーの大作。安房の書店で扱っている。税込み2500円。

出羽三山は山形県の湯殿山、月山、羽黒山の山岳信仰の地で、徳川幕府から御朱印地を減らされた行人たちが、房総の庶民を対象に布教活動を展開した結果、房総での信仰が盛んとなった。県内各地に三山名を刻んだ石塔がある。

對馬氏は元高校教諭。郷土史や文化財研究の第一人者で、県内の出羽三山研究に没頭、出羽三山が氏の代名詞にもなっている。

そんな對馬氏が研究に進むきっかけは、市原市での発掘で周囲に「方墳が多い」と発したこと。他の研究者の「あれは方墳ではなく、出羽三山の供養塚です」との答えから、向学心に燃え、出羽三山研究に進んだ。

昭和49年夏に「道者の峰」を初山し、以降も足しげく三山に通って修験道を究めた。平成9年には、出羽三山神社から「里大先達」の称号を受けた。

本は、自身の行人としての経験や、考古学的な考察をまとめた。出羽三山参りの今昔、三山行人の宗教活動に分け、それぞれカラー写真をふんだんに配した内容となっている。石塔に刻まれた梵字の「アーンク」なども省略せず、そのまま掲載している。

館山市の旧家に残る寛政11年(1799)の「驛路日記」の時計回り順路を解読し、地図に落とし込んだルートでは、房州から甲斐、信濃、越中を経由し、北陸道から羽黒山に達したことが分かる。行人は6月8日に出立し、8月24日に帰郷している。南房総市三芳地区の旧家に残る文政8年(1825)の納経帳には、旅の六部となった一家の主が20年間帰らなかった旨が記載されており、對馬氏が丹念に読み解いた。本にはこうした研究成果が全ページにわたって展開されている。

出羽三山の研究は多いが、いずれも地域に根付く郷土史の範ちゅうにとどまっており、房総全域を網羅した研究はこれまでなかった。對馬氏はあえて県内全域を対象に研究範囲を広げ、集大成としてまとめ上げた。「研究は現地主義を重視し、遠路でも必ず足を運び、石塔の銘文を確認した。写真の撮り直しも含め、二、三度通うことも、いとわなかった」と對馬氏。1000部を印刷・製本。安房の書店に置いている。

「今年は月山の欽明天皇八丁卯年(547)の卯年ご縁年にあたる。私も昭和二丁卯年(1927)の誕生。重なる因縁の年に出版が出来たことは、無上の喜び」と話している。

【写真説明】本を手にする對馬さん=房日新聞社

11年11月7日 4,143
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