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刑場跡で営まれた供養祭

命日同じ 山口の二義民

子孫の山本さんも参列

江戸時代に万石騒動(1711年)で処刑された3人の名主を偲んだ命日祭が26日、館山市国分の三義民処刑場跡であり、義民の子孫をはじめ、金丸謙一市長らが参列。地域の人も見守る中、供養が行われた。山口市の毛利藩でも三義民と同様に二義民が供養されており、その子孫にあたる山本克之さん(57)=横浜市在住=も参列した。

同市の国分区(行貝治雄区会長)は、毎年、処刑された義民の命日に法要を営んでいる。昨年は300年目にあたることから、地元をはじめとする人たちで実行委員会を立ち上げ賛同者を募り、300年祭で法要に合わせて「義の伝承碑」も建てた。

万石騒動は、元禄地震で隆起した土地の水田と灌漑用水づくりに1万石の北条藩が年貢引き上げをしたことで、領地の北条や長須賀、湊、高井、広瀬、薗、竹原など領内すべてとなる27か村の農民らが軽減を求めて起こした騒動。このとき代表者となった3人の名主が処刑されたが、このことをきっかけに解決に向かい年貢の引き上げは取り消された。

義民の子孫ら左から山本さん、秋山さん、行貝区長

山口市の毛利藩でも館山市と同様に年貢に苦しむ農民を助けるために命を失った義民がいた。庄屋の息子の松原清介(当時21歳)と友人で同志の常田角左衛門(当時19歳)が直訴し処刑された。直訴を知った役人が幕府へ早馬で伝えたが、幕府からの刑執行をやめさせる「幕命の書」が届いたのは処刑の翌日だった。清介の子孫にあたる山本さんが、インターネットで、処刑された日が同じ「1711年11月26日」と知り、行貝区長に前日の25日に連絡を取って出席した。

法要では、国分寺の加藤宥政住職らが法要。密厳流遍照講の15人が鉦などを鳴らしながら御詠歌も奉詠。法要後、地域の人らが次々に焼香し手を合わせた。三義民の一人秋山角左衛門の子孫で秋山正保さん(63)=浦安市在住=も出席。子孫同志で初めて会った山本さんは、「私たちは、地区の約80軒が回り当番で毎年法要しています。300年祭が私の家の番でした。義民の中に『角左衛門』と同じ名前もあり、大変縁を感じます。出席できてうれしいです」と感慨深げに話していた。

【写真説明】刑場跡で営まれた供養祭=館山市萱野で

【写真説明】義民の子孫ら左から山本さん、秋山さん、行貝区長=同

11年11月26日 2,674
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