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房日新聞社正面玄関

房総半島南部の安房地域をカバーする、日刊紙「房日新聞」は、1948年に「房総日報」として創刊される。戦後、人々が情報を求め、変革する社会構造に立ち向かっていたころだ。

首都圏にありながら、半島南部という地域性が、地方新聞の存在を求めていた。中央集権的な画一情報より、地域密着型の地方情報が枯渇していたのである。

房総日報は4年後、「房州日日新聞」に改称され、愛称としての「房日新聞」が定着する。1952年のことだ。

安房地方には、房総毎日新聞、デイリー房州、房総新聞、房日新聞の4紙がしのぎを削る、地方紙戦国時代があった。4紙が競い合い、全国紙にはない独自の地域報道を繰り広げた。戦後の成長期とはいえ、半島南部の狭いエリアで4紙の日刊紙が存在したというのは、全国的にも稀有なケースであろう。

栄枯盛衰を極めた房州新聞界だが、いくつかの新聞の火が消えていき、最終的に房日新聞のみが生き残る。

弊社は1978年に高速オフセット輪転機を導入。87年には新規開通した館山バイパス沿いに移転し、92年に多色刷り輪転機を入れ、カラー化にも即応した。96年に地方紙としてはいち早くHPを開設。98年になるとコンピューター組版を開始し、社内のIT化、電子編集にも素早い対応をしてきた。

2003年5月に、JR館山駅東口に移転。現在の社屋で日刊紙を発行している。(忍足)

07年3月22日 958,301
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